1年夏の謎

 判明している日程と結果
 
1年夏は1974年夏に比定される大会で、唯一「第56回大会」と明記されている大会だ。まだ49代表制になる前の時代で、代表校は34校。初めて金属バットが正式採用となり、木製と金属が混在した大会になった。

 出場校数の謎
 作中、開会式でアナウンサーが「出場34校」と明言している。34校出場の場合、1回戦が2試合だけあって、3試合目からは2回戦となる。1回戦を戦うチームは優勝まで6試合という計算だ。明訓は開会式直後の第1試合に登場するのでこれに当てはまり、優勝まで6試合ということになる。
 ところが、判明している試合数は5試合。通天閣、梅ヶ丘、神商、土佐丸、いわき東と対戦していることは分かっている。1試合不明なのは3回戦目で、梅ヶ丘戦と神商戦の間に1試合あるはずだが、作中では何も触れられておらず、まったくの謎だ。しかし、意外なところにその謎のヒントがある。

 明訓3回戦の相手
 豊福きこう著の『ドカベン、打率7割5分の苦闘』の中で重要な指摘がある。作中、甲子園大会後に殿馬が留学推薦音楽会に出場しピアノの名演をする。夏の甲子園の感動を思い起こさせるような素晴らしい演奏なのだが、その回想シーンに未知の試合のスコアボードが登場する。2回表を終わって1−0で明訓リードだが、その相手の名前が「岩手」と読める。甲子園で対戦が判明しているいずれでもないとなると、不明の3回戦の相手に違いない、という寸法だ。投手は中村という事まで分かる。
 だが、豊福氏も指摘している通り、岩手代表には岩手七高が出場しており、土佐丸高校と試合をする場面も出てきている。夏の大会は岩手県から2校出場することはないので、仮に岩手高校があるとしてもそれは岩手県ではないことになる。そういえば、実際の甲子園に岩手代表で福岡高校や沖縄代表で石川高校というパターンがあった。

 岩鬼の三振数
 ここで重要な情報がある。岩鬼が大会初戦から連続三振を続けるのだが、都合の良いことに、これで打数のカウントが容易になる。1、2回戦で計8打席あったことが分かり、神商戦の最終打席で「この試合も4三振で12打席連続三振」というサチ子のセリフがある。
 4打席ずつ3試合で12打席という計算になるが、そうとも限らない。打数は12でも打席はそれ以上あるかもしれないのだ。犠打や四死球と打数に含まれないからだ。
 そうすると、計算上は、例えば詳細の分からない梅ヶ丘戦と謎の3回戦の2試合で、岩鬼は4三振ながら4四死球しているということも考えられる。これならば打席数は16だが、12打数12三振で4四死球、4出塁ということになる。

回戦 試合 勝者 スコア 敗者



明 訓 3-1 通天閣
梅ヶ丘 不明 HAKUSHIN


不明


いわき東 1-0 千葉三
土佐丸 11-10 北見連峰商
不明








明 訓 1-0 梅ヶ丘


不明









土佐丸 8-7 岩手七
いわき東 1-0 福岡九商
明 訓 不明 神 商
東海商 大林寺

10
いわき東 1-0 東海商
明 訓 5-4 土佐丸
11   明 訓 2-1 いわき東
 改めて3回戦の相手を探る
 唯一の手がかりは、先に挙げた殿馬の回想シーンだ。岩手高校と対戦したらしいスコアボードが見える。甲子園を思い出したのだから、現実になかったものは思い出せないだろうということで、これを3回戦の相手に認定するしかない。
 問題は相手だ。ここからはかなりのコジツケになるが、よく見ると、回想シーンのせいか、風のような線が入っていてハッキリしない。「岩手」と読めるが、もしかすると、「岩干」「岩平」かもしれない。岩手県以外の「岩手高校」もあり得ると思ったが、調べてみると、岩手県以外に岩手という地名は発見出来なかった。試しに「岩干」「岩平」を探してみると、群馬県高崎市に「岩平」という地名を発見。1974年当時は、多野郡吉井町岩平となるらしい。なかなか雰囲気があって良い。都合の良いことに、群馬は不明になっているので、この際、明訓の3回戦の相手は北関東代表・群馬の岩平高校ということにしよう。

 出場校の謎
 次に出場校を考えてみる。出場34校のうち都道府県が判明しているのがわずか11校。その他、校名のみ判明しているのが9校。何も分からないのが14校ということになる。
 あまりにも手がかりが少ないので、実際の1974年の56回大会を参照して出場都道府県を絞り込んでみる。

大会名 地区割 代表校
北北海道 北海道 網走西商
南北海道 北見連峰商
奥 羽 青森
秋田
不明
岩 手 岩手 岩手七
東 北 宮城
山形
不明
福 島 福島 いわき東
茨 城 茨城 不明
北関東 栃木
群馬
西関東 埼玉
山梨
千 葉 千葉 千葉三
東東京 東京 不明
西東京
神奈川 神奈川 明 訓
静 岡 静岡 不明
愛 知 愛知
三 岐 岐阜
三重
新 潟 新潟
長 野 長野
北 陸 富山
石川
福 滋 福井
滋賀
京 都 京都
大 阪 大阪 通天閣
兵 庫 兵庫 不明
紀 和 奈良
和歌山
箕島工
東中国 岡山
鳥取
不明
広 島 広島 梅ヶ丘
西中国 島根
山口
不明
北四国 香川
愛媛
南四国 徳島
高知
土佐丸
福 岡 福岡 福岡九商
西九州 佐賀
長崎
不明
中九州 大分
熊本
南九州 宮崎
沖縄
鹿児島 鹿児島
 北海道の網走西商と北見連峰商はともに北北海道のように思うが、特に「網走」は地名なので、北北海道に決定。「北見」も北北海道にある実在の地名だが、「北見連峰」というのは聞いたことがないので、架空の地名ということで南北海道に比定する。
東海商
大林寺
神 商
HAKUSHIN
東 洋
北 洋
白 陽
大商学園
滝 田
 この他、都道府県が判明していないチームは左の9校。まずは、この9校の都道府県を考えてみる。
 比較的分かりやすいのは、東海商。不明となっている都道府県の中で最も相応しいのは愛知だ。実際でも強豪県の一つなので、ベスト4進出という実力もあるだろうということで、まずは東海商を愛知に比定する。
 次は大林寺。校名に「寺」が含まれていて、仏教学校っぽいが、作中でもスキンヘッドの選手が僧侶の雰囲気を出している。京都か奈良っぽいイメージだが、紀和はすでにあるので京都とする。
 明訓と対戦した神商はどこだろうか?連想するのは、戦前にセンバツ連覇している第一神港商や最近の神港学園。もっともこの場合「こうしょう」の「こう」は「港」だが、神戸商もあることから、地元・兵庫に比定する。
 残りはなかなか難しい。大商学園は実際に大阪に実在する学校名だが、大阪は通天閣なので違う。似た名前で思い出すのは、松商学園や鶴商学園。幸い、長野も山形もまだ空いているが、この「大」は何だろう? 長野と山形で「大」がつく地名といえば大町市くらいしか思い出さないので、少々不本意ながら大商学園は長野とする。
 滝田は兵庫の滝川のモジリかと考えたが、兵庫には神商を比定してしまったし、他に有力な地名も思いつかない。
 HAKUSHIN、東洋、北洋、白陽は似た感じの名前で他より更に適当感のあるネーミングだ。東洋は東洋大姫路、北洋は大阪の北陽だが、開会式で箕島工の隣りとその隣りに並んでいるので、比較的近い地区の代表だろう。とすると、北洋は福滋の代表に相応しい名前に思えて来るし、東洋は東中国だろうか。
大会名 地区割 代表校
奥 羽 青森
秋田
不明
東 北 宮城
山形
茨 城 茨城
北関東 栃木
群馬
岩 平
西関東 埼玉
山梨
不明
東東京 東京 島 田
西東京 不明
静 岡 静岡
愛 知 愛知 東海商
三 岐 岐阜
三重
不明
新 潟 新潟 白 新
長 野 長野 大商学園
北 陸 富山
石川
不明
福 滋 福井
滋賀
北 洋
京 都 京都 大林寺
兵 庫 兵庫 神 商
東中国 岡山
鳥取
東 洋
西中国 島根
山口
不明
北四国 香川
愛媛
西九州 佐賀
長崎
中九州 大分
熊本
南九州 宮崎
沖縄
鹿児島 鹿児島
不明
地区
白陽
滝田
梶原学院
 HAKUSHINは、明訓のライバル白新学院を思い出すが、当然これとは別校。そもそも「白新」とは、作者の通っていた実在の中学校の名前なので、出身地の新潟に比定してみた。

 ひと夏の冒険
 水島新司マンガの『ダントツ』の最終巻に『ひと夏の冒険』という短編マンガが収録されている。この舞台が『ドカベン』の1年夏で、明訓が優勝した場面もチラッとですが出て来る。『ひと夏の冒険』の主人公は東京の高代高校のエース太田垣秀忠だが、この高校は甲子園は叶わない。主人公に勝った島田高校が甲子園に出場し、甲子園では剛腕・川藤を擁する梶原学院と対戦し、善戦する。
 意外なところでこの大会の出場校が2校判明した。東東京の島田高校と、梶原学院。勝ち残った梶原学院はその後どうなったのだろう。明訓とは当っていないので、3回戦でいわき東か土佐丸に敗れたか、2,3回戦のどちらかで岩手七、福岡九商、神商、東海商、大林寺のうちのどこかに負けたことになる。梶原学院は強そうなので、いわき東の緒方と投手戦を演じて大会屈指の好試合になったのかもしれない。
 まとめると、不明の地区の中で、一応比定できたのは、右表の通りになる。

 明訓の試合ぶりと変わる評価
 ところで、明訓の相手で判明しているのは、通天閣、梅ヶ丘、神商、土佐丸、いわき東で、それに加え、岩平高校が3回戦に入るのではとしてみた。その試合ぶりだが、スコア不明の岩平戦、神商戦以外はロースコアの接戦を演じている。つまり明訓は、接戦に強く粘り強い攻撃や守備を持ったチームということが見えてくるのだが、山田の甲子園通算打率7割5分という点から以外な事実が浮かび上がってくる。詳細は『山田太郎の打率』に書いたが、謎の岩平戦と神商戦はとんでもないビッグゲームだったはずだ、ということだ。それも30得点級の試合であったというのだ。
  試合 スコア
1回戦 通天閣 3-1
2回戦 梅ヶ丘 1-0
3回戦 岩 平 30-0
準々決勝 神 商 30-0
準決勝 土佐丸 5-4
決勝 いわき東 2-1
 スコアを示すと左のようになる。すると、明訓のチームカラーはガラッと一遍する。超強力打線で、通天閣の坂田、梅ヶ丘の倉島、土佐丸の犬飼、いわき東の緒方は相当の好投手ということがいえる。岩平高校と神商もそれなりに勝ち進んでいるチームなので、「例外的に超弱いチームだった」ということは無理がある。
 そして、最終的には明訓が優勝しているので、「明訓は投手は1年生2人(里中と岩鬼)に頼り、内野も1年生3人(山田、殿馬、岩鬼)を擁するほど守備は弱かったが、超強力打線はあまりに凄かったので、誰も止められなかった」ということになる。土佐丸は犬飼兄弟に長打力があったが、残りの5チームの攻撃力の弱さにも助けられたということになる。