INDEX > Band > Urayasu Machine Head

Urayasu Machine Head

In The Progressive Passage
Live At PAGODA 1997.7.19.
980201 Live
Urayasu Machine Head Video

 当初のバンド名は「Machine Head」だったが、メンバーの一人が浦安在住で、たまに溜まり場と化していたことや、ホームグラウンドのスタジオが近くだった(実際は江戸川区葛西)ことで「Urayasu」を追加したが、「暴走族の名前みたい」ということでメンバーや周囲からも不評だった。バンドのイメージは杉原によるところが大きく、魔神のイメージも彼のデザイン。
 メンバーはヴォーカルが杉原、ベース・ホイポー、ドラム・ハマー、そしてギターに高坂。ホームグラウンドはスタジオが葛西のStudeio Gique、ライブハウスは秋葉原のPAGODA。

結成
 1997年1月に4人が初めて集まったが、高坂以外の3人はすでに活動していて、前任ギタリスト(Susumu Omoda)中心のバンドだったのが、私的理由による脱退で後任を探している状態だった。一番後釜の高坂は、初めての電話連絡時に、リハーサルで演奏する曲の一つにJudas Priestの「Pain Killer」があると聞いて仰天。「普通、歌もドラムも無理だろ」と思ったが、その2人がやる以上ギターは無理とは言えず(原曲はツインギター)OKした。初顔合わせの2曲目で早くも「Pain Killer」を演奏し、高坂は自分以外のパートの迫力に驚き、嬉しくなってニヤニヤしながらまともに演奏出来なくなってしまった。この日は他に「Paranoid」「To Be With You」や高坂リクエストの「I Don't Know」と、最初のライブで演奏する曲が中心だった。

ハマーの渡米とファースト・ライブ
 順調にリハーサルを重ね、ライブの話しも進む中、ドラムのハマーが突如アメリカ放浪の旅に出ることを決意。いきなりバンドを離れることになってしまった。ハマー不在の間は曲作りとレコーディングを主に活動する予定となったが、7月19日のライブだけは決まってしまった。ハマーの渡米を遅らせられれば良かったがまったく無理で、結局、PAGODAのグロッキー星野が助っ人でドラムを叩いてくれることとなった。ドラムの達人だったが、あまりのジャンル違いに年齢を感じさせられたとのこと。
 こうしてファースト・ライブは変則的な形で決行された。「Pain Killer」はイントロのドラムソロ抜きで演奏され、途中から親交のあったRATTLEHEADのTakaとHiroも加わったりして盛り上がった。

レコーディングとハマーの復帰,脱退
 8月以降は予定通りの曲作りとレコーディング。最初は杉原がプレステソフトの打ち込みでリフを作った「Agitator」で、続いてホイポーの「Fuya-Jo」。この2曲を仕上げることから始まり、ホイポーのキーボードプリセットのドラムでリハーサルを開始し、秋にはレコーディングも開始した。
 レコーディングではドラムはすべて打ち込み。しかし録音期間が予想以上に長引き、ハマー帰国後もレコーディングに時間を費やした。
 そんな中、ハマーは今度は京都へ転居を決意し、バンドを離れることに。お別れライブを2月1日に行うことにし、ほぼ完成していた「Agitator」等のオリジナル曲はもちろん、ついにハマーのドラムでの「Pain Killer」を披露することが出来た。

CD完成と活動停止
 1998年7月、アルバム完成も目前に3度目のライブを敢行。京都行きが遅れていたハマーが復帰してのものだ。「The Mirage」で幕開けしたライブは、出来の悪かった2月のライブの汚名を返上するものになった。が、しかしこれが本当のラスト・ライブになってしまった。
 そして直後、ついにレコーディングがすべて終了。時間をかけてジックリと作業していたのに、最後は駆け足でかなり雑な仕事になってしまった。それも、高坂が結婚に伴う多忙で一時バンドを離れることになってしまったことで、そのスケジュールに合わせたためだ。ハマーに続き高坂も一時的ではあるがバンドを離れることになってしまい、活動は停止。ついにそのまま再開することなく解散状態となってしまった。レコーディング後期の慌ただしい状況は杉原の不満を買い、焦る高坂と出番の少ないホイポーと、いまいちチームワークが悪かったことも原因にあるが、ケンカ別れではない。

ビデオ・シューティング
 2002年、高坂発案でビデオ・クリップ作りを思い立つ。高坂がiMoovieを使いこなせるようになったため、カメラが複数なくても編集で様々な映像を並べられるようになったためだ。京都のハマーは不参加だが、杉原とホイポーは乗り気。ホイポーお薦めの波止場(船橋港)で撮影することとなった。
 曲は「Changing」「Fuya-Jo」「Rockin' Lives」のオープニング3曲。すべて1日で撮影したため、服装は同じだが、最後の撮影となった「Changing」の頃には暗くなりはじめ、照明がなかったので、車のヘッドライトを照明のように使ったりして撮影した。撮影技術は皆無なので、適当にアップにしたり動き回って撮影し、後で良いところだけつなぎ合わそうという考えだったが、どれも動きすぎで素人っぽさ全開の内容となった。(一番マシなのは固定カメラだったりして)
 その後、高坂がドラムのシーンや葛西の街並みを追加撮影し、編集して完成した。ボーナス映像っぽく、「Changing」「Fuya-Jo」のギター解説映像も入れてみた。


INDEX